五山の制度はインドの五精舎に
ならい、中国南宗末期に禅宗の
保護と統制のため格式高い五つ
の寺を定めたことに由来します。
鎌倉幕府が開かれる前年の
建久2年(1191年)に南宋から
帰国した僧侶栄西らによって伝
えられた禅宗はその後隆盛を
極め、鎌倉時代の末期、幕府は
次々と大寺院を建立。
鎌倉五山とは、鎌倉時代に中国
の五山制度にならって鎌倉の
禅寺に設けられた五大官寺の
ことです。
北条氏は、南宋にならい五山制
度を導入、鎌倉の 主な禅刹を
五山と呼ぶようになりました。 |
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弘安7年(1284年)に没した円覚寺開基北条時宗公の廟所であり、その後貞時公・高時公など、北条家の廟所でもあります。また境内には川端康成の小説「千羽鶴」の舞台となった茶室「烟足軒」もあります。 |
円覚寺第十世東明恵日(とうみんえにち)開創の塔頭。現存する塔頭の中で、最も古い歴史を持ち、お寺自体が重要文化財といえる塔頭です。本堂裏の墓苑からは富士山を一望することができます。 |
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円覚寺第三十世大喜忻(だいきほうきん)開創の塔頭。円覚寺の中でも最も静寂な雰囲気を持ち、四季折々の眺めは、まさに世俗を離れ凛とした空気に包まれております。 |
鎌倉五山第一位の醸し出す風格はまさに鎌倉の歴史そのものです。境内のいたるところに国宝、重要文化財が点在し、禅刹伽羅配置は実に壮観で優美と伝統を感じることができます。 |
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境内自体が国の史跡に指定されている浄智寺は鎌倉を代表する禅寺の一つ。総門の手前には鎌倉十井の一つ甘露の井があり、先の石段と奥に見える鐘楼門と相まって、古き時代の鎌倉と古刹の風格が溶けあった見事な雰囲気を誇ります。 |
足利尊氏の子、基氏が父の菩提を弔うために建てたとされる寺。鎌倉七切通しの一つ「亀ヶ谷坂切通し」の横に建つ禅寺で、その境内の美しさは鎌倉でも指折りの絶景です。鮮やかな苔の緑に映える本堂。紅葉に包まれる観音堂など、全てが趣を深めています。 |
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